2011/12/02

『歎異抄をひらく』と他の『解説書』の相違点 第22回 親鸞会.NET

『歎異抄をひらく』と他の『解説書』の相違点 第22回 親鸞会.NET
第22回 三章の結論は「他力をたのむ」こと

原文

煩悩具足の我らはいずれの行にても生死を離るることあるべからざるを憐れみたまいて願をおこしたまう本意、悪人成仏のためなれば、他力をたのみたてまつる悪人、もっとも往生の正因なり  (『歎異抄』三章)

親鸞仏教センター著

『現代語 歎異抄』の意訳

自らの煩悩(欲望・不安・後悔等)に振り回されている私たちは、どれほど人間的な努力を尽くしてみても、そうした苦しみの生活から根本的に解放されることはありえない。このような私たちを深く悲しまれて、本願を起こしてくださったのである。その本願の御こころは、そのような悪人をこそ真に解放してくださるのである。だから、他力にすべてをおまかせする悪人の自覚こそ、真実の自己になる根本的要因なのである。

高森顕徹先生著

『歎異抄をひらく』の意訳

煩悩にまみれ、どのような行を励むとも、到底、生死の迷いを
離れられぬ我々を不憫に思われ建立されたのが、弥陀の本願。
悪人を成仏させるのが弥陀の本意だから、”助かる縁なき者”と、
他力にうちまかせる悪人こそ、浄土へ生まれる正客なのだ。

●「悪人」とは「全人類」のこと

『歎異抄』三章に説かれる「悪人正機」は、多くの研究者が聖人のみ教えの”核心”と考え、盛んに論じています。
ですが肝心の「悪人」の意味を知らないので、解説書を読めば読むほど、底無し沼に沈んでいきます。

前回では、聖人の言われる「悪人」とは、「煩悩具足の我ら」全人類のことだと書きました。
その根拠は、阿弥陀仏の本願です。
弥陀の本願は、誰のために建てられたお約束でしょうか。

弥陀の正客(お目当て)を三章では、
「煩悩具足の我らはいずれの行にても生死を離るることあるべからざるを憐れみたまいて願をおこしたまう」
(煩悩にまみれ、どのような行を励むとも、到底、生死の迷いを離れられぬ我々を不憫に思われ本願を建立された)
と説かれ、それを簡略に「悪人成仏のため」と言い換えられています。

弥陀は全人類を、煩悩にまみれた「悪人」と見抜かれ、必ず救うと誓われているのです。

●弥陀の救いは信心一つ

では、どうすれば弥陀に救われるのでしょうか。
『歎異抄をひらく』では、根拠を明示して、信心一つの救いであることを詳述されています。

「他力信心」以外、聖人の教えはないから、「信心為本」「唯信独達の法門」といわれるのだ。
簡潔な文証を二、三、あげてみよう。

涅槃の真因は唯信心を以てす   (教行信証)
浄土往生の真の因は、ただ信心一つである。

正定の因は唯信心なり(正信偈)
仏になれる身になる因は、信心一つだ。

往生浄土の為にはただ他力の信心一つばかりなり  (二帖目五通)
浄土へ往くには、他力の信心一つで、ほかは無用である。

信心一つにて、極楽に往生すべし
(二帖目七通)
信心一つで、極楽に往生するのだ。

●往生の正因は「信心」一つ

往生浄土の「正因」は「信心」一つであることは、先の文証から明らかです。
「悪をするほど助かる」「悪は往生の正因」など、聖人の教えからは出ようがありません。
ところが、そのように誤解する人が多いのは、三章に「他力をたのみたてまつる悪人、もっとも往生の正因なり」とあるからです。
肝要の「他力をたのみたてまつる」が分からぬから読み飛ばして、「悪人」が「もっとも往生の正因」と誤読するから、「悪をするほど浄土へ往ける」という曲解が生じるのでしょう。
実際、”悪をするほど助かるのだ”と好んで悪を行う「造悪無碍」と呼ばれる輩が現れ、「悪人製造の教え」と非難された。それはまた、今もある『歎異抄』の根深い謬見でもあります。

「悪人こそ往生の正因」という解説は、枚挙に暇がありません。

例えば、

梅原猛氏著

『誤解された歎異抄』は、こう解説されています。

煩悩具足の我々は、他の行ではとても生死を離れることはできない。そんな我ら煩悩具足の人間を哀れんで、願を起こして極楽往生させようとするのが阿弥陀の本意、つまり念仏の教えなので、そういう悪人こそ往生の正因であるというのである。

延塚知道氏著

『親鸞の説法「歎異抄」の世界』も同様に、

阿弥陀如来の本願が救おうとする正因は、悪人であることを明らかにするのが第三章である。

と主張しています。

●三章の結論をひらく

『教行信証』はじめ聖人の全著述は、こんな者は善人、あんな者は悪人と分けるような見方はされていません。
すべての人間は悪人であり、金輪際、助かる縁無き罪悪生死の凡夫という人間観は、一貫しています。

三章で「他力をたのみたてまつる悪人、もっとも往生の正因なり」と言われているのは、「他力をたのみたてまつる」一つが「往生の正因」ということです。

「善人」と「悪人」を比較し、善悪を問題にされているのではありません。
「他力をたのみたてまつる」か否か、他力信心を獲得したかどうかのみ、問題にされているのです。

安良岡康作氏著『歎異抄 全講読』は、三章を

「善人の往生よりまさる、悪人の往生の必然性」と要約しています。

たしかに「善人」と「悪人」が対照されていますから、「善人より悪人」が結論と思うのは自然でしょう。
ですが『歎異抄をひらく』では、他力信心一つが「往生の正因」であることを、次のように詳述されています。

善人であれ悪人であれ、要するに「自力の心をひるがえして、他力をたのみたてまつる」他力の信心ひとつが強調されるのだ。

自力の心をひるがえして、他力をたのみたてまつれば、真実報土の往生を遂ぐるなり
(『歎異抄』第三章)

本願を疑う自力の心をふり捨てて、他力の信心を獲得すれば、真実の浄土へ往生できるのである。

他力をたのみたてまつる悪人、もっとも往生の正因なり       (『歎異抄』第三章)

他力の信心を獲た悪人こそが、往生の正因を獲た人だ。

(中略)

すでに『歎異抄』一章には、「弥陀の救いには、善人も悪人も差別はない」と説き、「ただ信心を要とすと知るべし」と明言されている。
これによっても、善人悪人、一応、分けてはあるが、弥陀の救いの焦点は、他力信心一つに絞られていることが、明々白々である。
『歎異抄』では、特に指摘し喚起しておかなければならない要点だろう。

「善人より悪人」で始まる三章の結論が、「他力をたのむ」信心正因であることを、誰も明らかにできずにいます。
「善人」「悪人」にとらわれ、袋小路の解説書ばかりである。それはひとえに、「自力の心をひるがえして、他力をたのみたてまつる」他力の信心に昏いからでしょう。「他力をたのむ」の意味を、

山崎龍明氏著
『初めての歎異抄』は、こう解説しています。

「本願他力をたのむ」ということは、私自身の身、口、意の三業と、自己の能力、社会的地位、学歴などを、生きるうえでの根拠としないことです。これらの一切を人生のよりどころとせず、根拠とせずに、阿弥陀仏の教えを根拠として生きる者ということです。

冒頭で引用した、親鸞仏教センター著『現代語 歎異抄』に至っては、「他力」を「拡大解釈」して迷走しています。

「他力」を拡大解釈すれば、「関係性」という意味になります。ひとの生物環境や社会環境はすべて関係性で成り立っていますから。単純にいえば、みな「自分の力で生きている」と思っていますけど、本当はすべてが他力で動いているわけです。(中略)自由意志すらもじつは他力で与えられているというのが、親鸞の「他力」理解でしょう。

親鸞聖人は『教行信証』に、
「『他力』と言うは如来の本願力なり」
と明言され、阿弥陀如来の本願力だけを「他力」というのだと明言されています。

親鸞学徒は、氾濫する「拡大解釈」や「私釈」を斬り捨て、『教行信証』のご金言を根拠として、正しい親鸞聖人の教えを聞かせていただかなければなりません。

おぞましや
名聞利養に 体験談

�名聞利養とは、広く名を知られたいという名誉欲と、身を養うための利益欲。
略して、名利という。

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2011/09/24

『歎異抄をひらく』と他の『解説書』の相違点《「悪人」は人間の代名詞》 第21回 親鸞会.NET

『歎異抄をひらく』と他の『解説書』の相違点 第21回《「悪人」は人間の代名詞》 親鸞会.NET

原文

善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや。しかるを世の人つねにいわく、「悪人なお往生す、いかにいわんや善人をや」。この条、一旦そのいわれあるに似たれども、本願他力の意趣に背けり (『歎異抄』三章)

山崎龍明氏著 『初めての歎異抄』の意訳では、

善人(できのよい人)が阿弥陀仏の教えによって救われていくことができるのだから、まして、できの悪い(凡夫)私などが阿弥陀仏の教えによって救われていくのは当然といえます。ところが、世間の常識に従って生きていく人々は、「できの悪い者、煩悩深き者が阿弥陀仏の教えによって救われていくのだから、善い人間が救われていくのは当然のことである」と考えています。

なるほど、この考えは一応道理にあっているようですが、実は阿弥陀仏の根本精神に反しているといえます。

とあります。

高森顕徹先生著『歎異抄をひらく』の意訳では、

善人でさえ浄土へ生まれることができる、ましてや悪人は、なおさらだ。

それなのに世の人は、つねに言う。

悪人でさえ浄土へ往けるのだ、ましてや善人は、なおさら往ける。

このような考えは、一見もっともらしく思えるが、弥陀が本願を建立された趣旨に反するのである。

と書かれています。

●弥陀の御心を明かされた親鸞聖人

この三章は、『歎異抄』十八章の中で最も有名である。同時に、恐ろしい誤解が広まった、鋭いカミソリのところだから、注意して読まなければ大怪我をします。

まず親鸞聖人の「善人」「悪人」の認識を正しく知らねば、三章はもちろん、『歎異抄』をどれだけ熟読しても、論語読みの論語知らずに終わることでしょう。

常識的な見方では、人類は「善人」と「悪人」に二分され、悪人より善人が救われて当然と考えます。ですがそれは、「本願他力の意趣」(本願を建てられた弥陀の御心)に反していると、三章では明言されています。

親鸞聖人が説かれるのは、常に弥陀の御心であって、世人の常識でもなければ、独断でも新説でもありません。

では阿弥陀仏は、十方衆生(すべての人間)をどう見て取られているのでしょうか。

五劫に思惟され、我々を骨の髄まで徹底調査された弥陀は、すべての人間を”金輪際助かる縁なき極悪人”と見抜かれています。

ですから親鸞聖人は、弥陀の仰せのまま、「十方衆生」を「悪人」と仰っているのです。

聖人の言われる「悪人」とは、全人類のことであり、「人間」の代名詞にほかなりません。

聖人が常識を完全否定され、すべての人間を「悪人」と断定されたのは、弥陀の本願に根拠があったのです。

この原点から『歎異抄をひらく』では、三章の「悪人」を次のように詳説されています。

私たちは常に、常識や法律、倫理・道徳を頭に据えて、「善人」「悪人」を判断する。だが、聖人の「悪人」は、犯罪者や世にいう悪人だけではない。極めて深く重い意味を持ち、人間観を一変させる。

いずれの行も及び難き身なれば、とても地獄は一定すみかぞかし (歎異抄)

どんな善行もできぬ親鸞であるから、所詮、地獄の外に行き場がないのだ。

この告白は、ひとり聖人のみならず、古今東西万人の、偽らざる実相であることを、『教行信証』や『歎異抄』には多く強く繰り返される。

一切の群生海、無始より已来、乃至今日・今時に至るまで、穢悪汚染にして清浄の心無く、虚仮諂偽にして真実の心無し

(教行信証)

すべての人間は、果てしなき昔から今日・今時にいたるまで、邪悪に汚染されて清浄の心はなく、そらごと、たわごとのみで、真実の心は、まったくない。

悠久の先祖より無窮の子孫まで、すべての人は、邪悪に満ちて、そらごとたわごとばかりで、まことの心は微塵もない。しかも、それを他人にも自己にも恥じる心のない無慚無愧の鉄面皮。永久に助かる縁なき者である。

『歎異抄』三章後半も、念を押す。

煩悩具足の我らはいずれの行にても生死を離るることあるべからざるを憐れみたまいて願をおこしたまう本意、悪人成仏のためなれば…… (歎異抄)

煩悩にまみれ、どのような修行を励んでも、到底、迷い苦しみから離れ切れない我らを不憫に思い、建てられた本願だから、弥陀の本意は悪人を救うて成仏させるためだったのである。

人間はみな煩悩の塊、永遠に助かる縁なき「悪人」と阿弥陀仏は、知り抜かれたからこそ”必ず救う”と誓われたのだ。これぞ、弥陀の本願の真骨頂なのである。

聖人の言われる「悪人」は、このごまかしの利かない阿弥陀仏に、悪人と見抜かれた全人類のことであり、いわば「人間の代名詞」にほかならない。

●「悪人」とは「煩悩具足の我ら」

冒頭に引用した山崎龍明氏著『初めての歎異抄』で、「悪人」を「できの悪い私」と意訳しているように、本願他力の意趣を無視した、勝手な解釈がまかり通っています。

延塚知道氏著『親鸞の説法「歎異抄」の世界』では、

「悪人」を「本願の真実に照らされた自力無効の目覚め」と解説し、

親鸞仏教センター著『現代語 歎異抄』も、

「宗教的な自己否定が自覚されているひと」「如来に背いている自分」などと臆測を連ねています。

弥陀の本願の生起の分かっていない人には、あらゆる人間が例外なく「悪人」とは、とても読めないのでしょう。

三章には「善人」という言葉が使われているから、人間を「善人」と「悪人」に分けるのは、無理もありません。

ですが聖人が「善人」と仰ったのは、十方衆生(すべての人)を「悪人」と徹見された弥陀の本願を疑って、自分は善人だとうぬぼれている人のことであり、仏眼からは「善人」など一人もいないのです。

本願他力に腰を据えれば、「悪人」とは我々すべての人間のことですから、三章では「悪人」を「煩悩具足の我ら」と言い換えられていることが分かります。

ところが、「煩悩具足の我ら」のすぐ後に、「他力をたのみたてまつる悪人」という言葉がありますから、これも「悪人」の説明だと思う人が多いのです。

「他力をたのみたてまつる」とは、弥陀に救われて信心獲得したこと。

「悪人」を「煩悩具足の我ら」と読めば全人類になるが、「他力をたのみたてまつる悪人」のことだとすると、他力の信心を獲た人に限定されてしまいます。ですが、これらはどれも同じ意味だと、

佐藤正英氏著『歎異抄論註』は無造作に、こう言ってのける。

唯円は〈悪人〉を「煩悩具足のわれら」といいかえています。

そして、「煩悩具足のわれら」をさらに「他力をたのみたてまつる悪人」と置き換えているのです。

阿弥陀仏の誓願への〈信〉を抱いているか否かでいえば、〈信〉を抱いているひとです。

石田瑞麿氏著『歎異抄──その批判的考察』も、同様です。

「悪人」は、そうした自力作善の人ではない。ここでは「自力ノココロヲヒルガヘシ」た、「他力ヲタノミタテマツ」る人ということであろう。みずからの罪業に目覚め、ひとえに本願他力に身をまかせたものである。

『歎異抄をひらく』では、「悪人」は全人類のことだと明快に解説されています。

ところが他の解説書では、「悪人」イコール「全人類」という認識が欠如したまま、「悪人」と「他力をたのみたてまつる(信を獲た)人」を混同して解釈するから、その説明は混乱を極めています。

冒頭に引用した『初めての歎異抄』のように、「善人」を「できのよい人」とすれば、大多数の凡人は「悪人」だろう。その大勢の「悪人」にも、信心を獲た人と、獲ていない人があるのだから、「他力をたのみたてまつる悪人」もいれば、そうでない悪人もいるはずだ。しかも三章では、「善人」でも「他力をたのみたてまつれば」真実報土に往生できると言われているのだから、他力をたのむ人、たのんでいない人、「善人」「悪人」、一体、何とおりの人間がいるのか、サッパリ分からなくなるのです。

三章は、最も多くの人が知りたい章だが、解説書を読むほど迷路にはまる理由の一つは、聖人の「悪人」の認識が正しくないからです。

次回では、多くの解説者が混乱している「他力をたのみたてまつる悪人」の真義を、『歎異抄をひらく』から学びたいと思います。

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2011/09/16

本願寺門主「50年後はどうなる?」不安を吐露 親鸞会との違いはどこに?

9月1日の全国紙に、「750回大遠忌法要」という西本願寺の全面広告が載った。参拝を呼びかけるものの、人は減る一方で、憂慮の声は内部からも聞こえてくる。

「親鸞聖人のみ教えを喜ぶ人が少なくなりつつあるのは深刻な課題」

西本願寺の学僧幹部を前にした大谷光真門主の発言(中外日報7月21日号)である。

「50年後はどうなるであろうか」とも危惧の念を語る。

一方、出版から3年半となる『歎異抄をひらく』(高森顕徹先生著)は20万部突破のロングセラーを記録中だ。

多くの人が親鸞聖人のお言葉に触れ、喜んでいることがうかがえる。

親鸞聖人のみ教えと出遇えた村野美雪さんの感動を紹介しよう。
なぜ善人より悪人なの?“謎”にひかれ『歎異抄をひらく』と出遇う

夕食の買い物を考えながら、書店のレジの列に並んだ。手には2冊の本。
財布を見ると、「お刺し身を買うと、少し足りなくなるかな?」。

仏教書コーナーに戻って、1冊を棚に戻した。
手元に残ったのが、赤い表紙の『歎異抄をひらく』だった。昨年9月。
店を出ると、夕暮れのショッピングモールは、いつものにぎわいを見せ始めていた。

村野美雪さん(47歳)は、両親の実家が真宗王国、石川県能登。
親鸞聖人には親しみがあった。

大学も西本願寺系列の武蔵野女子大(東京、現・武蔵野大)を卒業。親鸞聖人の教えはほとんど聞けなかったが、ずっと気になる言葉はあった。

「善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや」(歎異抄第3章)

「どうして善人より、悪人なんだろう?」。いつか誰かに聞いてみたかった。『歎異抄をひらく』の意訳を読んで、息をのんだ。
「すべての人は、『煩悩の塊』であり、助かる縁なき極悪人」(『歎異抄をひらく』P.53)とある。

「えっ!私も『極悪人』なの。大学で煩悩の話も聞いたけど、全てが煩悩だとは――?」

もう一つ、意味を知りたい言葉があった。

「ただ念仏して弥陀に助けられまいらすべし」(歎異抄第2章)

能登の祖母は、いつも念仏を称えながらお仏飯を供えていた。

「ねえ、何で称えているの?」
「昔からそういうものよ」

「念仏を称えて、何か変わるのかしら?」。子供の頃からのナゾだった。

浄土真宗の葬儀に参列すると、僧侶からは「死んだら皆、極楽に往ける」と聞かされる。ただ念仏さえ称えていれば極楽なのか、と思ったが、『歎異抄をひらく』には、こうあった。

「“ただ”の“ただ”もいらぬ“ただ”じゃったと、無条件の救いに驚き呆れた“ただ”である」(『歎異抄をひらく』P.175)と。

「救いに、驚き呆れる、そんな念仏があるのか?」

大学でもらった『歎異抄』の解説書を出して読んだが、そこには「ひとすじにお念仏をよろこんで……」とあるばかりで、それ以上の解説はない。

「極悪人……ただ念仏……、どういうこと?もどかしくてモヤモヤしていましたね」

当時の心境を、村野さんは振り返る。

程なく自宅に、親鸞会の講演会案内チラシが舞い込んだ。足を運ぶと、ビデオでのご法話で、親鸞会の講師が、『歎異抄をひらく』の著者・高森顕徹先生だったことに驚いた。「三世因果の道理」「真実の自己」のご説法を重ねて聞くうち、「極悪人」の意味が知らされ、次第に後生が気になってきた。

優しい夫は、「なぜ富山まで?」と聞いてきたが、「どうしても直接お聞きしたいのです」と頭を下げた。

村野さんは夫と子供2人の家族。ともに親鸞会の二千畳で聞法したいから、帰宅すると、聞いた話をそのまま話している。

「後生の一大事を、学生の時に聞いていたら、と思います。私のような普通の主婦でも仏教はよく分かるのに、浄土真宗の学者は、親鸞聖人の教えを本当に知っているのでしょうか」

あの書店の前を通ると思い出す。
「もしあの時、『歎異抄をひらく』を書棚に戻してしまっていたら……」

阿弥陀仏のお導きを思わずにおれない。
浄土真宗の未来を変える『歎異抄をひらく』
浄土真宗の僧侶が、『歎異抄をひらく』のとおり布教すれば、教えを喜ぶ人が少ない「深刻な課題」も解消することだろう。

『歎異抄をひらく』の発刊まで毎年10冊以上は出版されていた歎異抄の解説書はその後、3年半を超える「沈黙」を続けている。

大衆は見守っている。

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2011/09/12

『歎異抄をひらく』と他の『解説書』の相違点 ≪第20回 計らい尽きた「非業非善」の念仏≫親鸞会.NET

『歎異抄をひらく』と他の『解説書』の相違点 第20回

計らい尽きた「非行非善」の念仏
前回の『歎異抄をひらく』と他の『解説書』の相違点【19】《「善も悪も全く知らぬ」他力信心の表明 親鸞会.NET》に引き続き『歎異抄をひらく』と他の『歎異抄解説書』を比較してみましょう

 (原文)

念仏は行者のために非行・非善なり  (『歎異抄』八章)
.
.

(梅原猛氏著『誤解された歎異抄』の意訳)
念仏は、これを唱える行者のためには、善でもなく行でもないのであります。
.
.
(高森顕徹先生著『歎異抄をひらく』の意訳)
称える念仏は、弥陀に救われた人には「行」でもなければ「善」でもない。非行・非善である。
.
.
●「行者」の正しい理解

『歎異抄』一章では、念仏にまさる「善」はないと言われ、『教行信証』では弥陀より賜る念仏は「大行」だと説示されています。

 大行というは、すなわち無碍光如来の名を称するなり。この行は、すなわち是れ諸の善法を摂し、諸の徳本を具せり。極速円満す、真如一実の功徳宝海なり。故に大行と名づく
                   (教行信証)

(意訳)

「大行」とは、”南無阿弥陀仏”と称えることである。南無阿弥陀仏には、あらゆる善行、功徳の本がおさまっている。しかも、信ずる一念で私と一体となり大善大功徳が身に満ち溢れる。
 このような唯一絶対の善根功徳の大きな宝の海なのだ。ゆえに「大行」というのである。

 ところが八章では、念仏は「行者のために」は善でもなければ、励むべき行でもないと、意外なことが言われています。
 聖人の、この真意は何でしょう。それは「行者のために」の、正しい理解の中にのみ存在します。

『歎異抄をひらく』では「行者」を「弥陀に救われた人」と明快に意訳されていますが、他の解説書では不明瞭です。

 例えば冒頭の引用書は「これを唱える行者」と意訳するだけで、何の説明にもなっていません。

安良岡康作氏著『歎異抄 全講読』の意訳も同様です。

 念仏は、それを申す者にとっては、非行であり、非善である。

念仏を「唱える行者」「申す者」といっても、その心はまちまちです。『歎異抄をひらく』では、弥陀に救われる前後で心がどう変わるか、「自力の念仏」と「他力の念仏」の違いを次のように明らかにされています。

「行者」とは、「弥陀に救い摂られた人」のことである。弥陀に救われた人の称える念仏を「他力の念仏」という。「他力の念仏」は、まったく弥陀の熱い願いによって称えさせられる念仏である。

 それに対して、「行者」でない(弥陀に救われていない)人は、「念仏称えているから悪いところへは行かんじゃろう」とか「こんなに念仏称えているから助けてくださるだろう」と、称える念仏を助かるための「行」や「善」だと思っている。
これを「自力の念仏」という。

「他力の念仏」は、これら自力の計らい一切が粉砕され、称えさせる弥陀の力強い誓いの念仏である。

          (『歎異抄をひらく』)

●自力の「計らい」とは

『歎異抄』八章には続けて、

わが計らいにて行ずるにあらざれば非行という、わが計らいにてつくる善にもあらざれば非善という

(意訳)

自分の思慮で称える念仏ではないから
「行」とは言えない。ゆえに非行という。また、自分の分別で称える念仏ではないから「善」とは言えない。ゆえに非善という。

と書かれています。
 先述のとおり、『歎異抄をひらく』では、「自力の計らい」を細説されていますが、他書では「計らい」の説明も無きに等しいから、一向に分かりません。

 例えば佐藤正英氏著『歎異抄論註』では、「計らい」を「〈知〉のはたらき」と解説するだけです。

山崎龍明氏著『初めての歎異抄』も、次のように著者の「領解(りょうげ)」に終わっています。

自力(己の力量)を至上、至高のものとするところに誤りが生じます。そのようなとらわれを「はからい」といいます。『歎異抄』第八条は、人間の「はからい」の誤りを指摘した個所だと私は領解(りょうげ)しています。

 最も知りたい「行者」「計らい」の意味が明確にされていないから、どの解説を読んでも疑問は深まるばかりです。「計らい」の分からない人が、「計らい」尽きて弥陀より賜る「他力の念仏」が分かるはずがありませんから、

親鸞仏教センター著
『現代語 歎異抄』の解説は迷走しています。

単に、神とか仏という自分の外にあるものから促しがくるわけではない。しかし、煩悩から内発的に生ずるものでもない。これは難しい表現だけど、「内在でありつつ超越、超越でありつつ内在」という関係なのでしょう。
『歎異抄』愛読者は多くありますが、勝手な「計らい」に満ちた解説が氾濫し、他力の真義は知る由もありませんでした。この計らい一つが、弥陀の救いを妨げているのです。
『歎異抄をひらく』が仏教書では異例のロングセラーとなり、決定版となった衝撃は、どこまで波及するのでしょうか。

 親鸞会.NET

 

教えなし
寝ても覚めても
     体験談

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2011/05/05

『歎異抄をひらく』と他の『解説書』の相違点《第19回「善も悪も全く知らぬ」他力信心の表明》 親鸞会.NET

『歎異抄をひらく』と他の『解説書』の相違点  親鸞会.NET

前回の親鸞会.NET» » 『歎異抄をひらく』と他の『解説書』の相違点【18】《鬼気迫る対峙 聖人の慈誨》親鸞会.NET
に引き続き『歎異抄をひらく』と他の『歎異抄解説書』を比較してみましょう

原文

善悪の二つ、総じてもって存知せざるなり。そのゆえは、如来の御心に善しと思し召すほどに知りとおしたらばこそ、善きを知りたるにてもあらめ、如来の悪しと思し召すほどに知りとおしたらばこそ、悪しさを知りたるにてもあらめ
(『歎異抄』後序)

延塚知道著『親鸞の説法「歎異抄」の世界』

人間が決めた善悪などにとらわれる必要はない。なぜなら、如来の真実にかなう善悪を知っているというのならば、本当の善悪を知っていることにもなろう


高森先生著『歎異抄をひらく』の意訳

親鸞は、何が善やら悪やら、二つともまったく分からない。そうではないか、如来が「それは善である」とお思いになるほど知りぬいていれば、善を知っているともいえよう。如来が「悪だ」とお思いになるほど知りぬいていれば、悪を知っているともいえるだろう。

●時や所によって変わる善悪

「親鸞は、何が善やら悪やら知らないし、まったく分からない」
 耳を疑う発言です。
「善悪ぐらい心得ている」と思っている人ばかりですから、「それで教えが説けるか。無責任だ」と非難する者さえあります。
 しかし、人間の「善悪」は時代や場所によって変わる相対的なものであることを、『歎異抄をひらく』では、こう例示されています。

。。。。。。

 日本では、臆病者よりも泥棒といわれると傷つくが、アメリカでは、臆病者の方が侮辱と感ずる。
 日本では、平手よりもゲンコツが厳しい制裁だが、欧米では平手打ちがより屈辱だという。
 戦前は、産めよ殖やせよが善であったが、現今は、多く産む人は大変だねぇと同情される。最近、少子化が社会問題になると、またも国や企業も子育て支援に大わらわの状態だ。
 かつては、領土を拡大した者を英雄と讃えられたが、現代では侵略者の汚名を着せられる。
 江戸時代は、将軍や大名のために死ぬのを忠(チュウ)と言ったが、明治以降は天皇のために命を捨てることに限られ、最高善とされた。それが今や、梁上の君子の鳴き声か、と言う者までいる始末。
 敗戦までは、「主権在民」「労使平等」などは絶対禁句、漏らせばたちまち”危険分子””赤だ”と投獄された。
 今は一応、天皇も労働者も平等だが、政権が転覆すると憲法も変わり、収監されていた者も、一夜にして無罪放免、昨日までの権力者は糾弾され、断罪される国もある。

。。。。。。

●衝撃的告白の真意

 従来の解説書では、世間の価値判断が相対的であることまでは説明しても、親鸞聖人がなぜ”善も悪も全く知らぬ”と仰ったのかは、曖昧です。

例えば親鸞仏教センター著
『現代語 歎異抄』は、

人間の善悪は条件によって変化しますよね。殺人は悪だけど、戦時下に敵を殺せば、善として自国で称賛されます。ですから、人間というものは、条件付きの善悪は知っていても、絶対的な善悪は知らないのでしょう。

と皮相な解説で終わっています。

山崎龍明著『初めての歎異抄』も、

知ったかぶりをして善悪をふりまわす者の危うさ

を教えられたと述べるだけです。

冒頭で引用した、延塚知道著
『親鸞の説法──「歎異抄」の世界』は、
真宗大谷派のトップ小川一乘(教学研究所所長)監修によるものですが、

世間の価値は時代や状況でいつでも変わるものだから絶対ではない、だからそれにとらわれる必要はさらさらない

と放言しています。
 いくら世間の常識が相対だからといって、「とらわれる必要はさらさらない」と無視したら、一日たりとも生活できません。こんな無責任発言が、教学最高責任者の下でなされているのです。
佐藤正英著
『歎異抄論註』も、意味不明の独り合点で、

善も知らず、悪も知らないという述懐によって、親鸞は、己れを阿弥陀仏とは対極的な存在へ押しやる。それは阿弥陀仏の〈絶対知〉を己れの内に思い描くことであり、同時に己れを阿弥陀仏の〈絶対知〉の前にさらけ出すことでもある。

何の『註』にもなっていません。
●信心の表白でないのか

 聖人は、ただ世間的な「善悪」を論じておられるのではありません。衝撃的な言葉が続く『歎異抄』は、全て真実信心のむき出しなのです。ですが、石田瑞麿著
『歎異抄──その批判的考察』も推測にとどまり、

ここにいう「善悪」は世間的な善悪を指すと同時に出世間的な善悪をも指しているようにみえる。世俗の倫理的世界はもちろん、宗教的な自力他力をも含めていっているかのようである。

と歯切れが悪い。

安良岡康作著
『歎異抄 全講読』を開いても、

彼の宗教的信心は、人間的次元を超越して成立し、形成されることの表白である。

と、余計分からなくなります。
●自力浄尽した他力信心

 聖人の告白は、自力の計らいが尽きた、他力信心の表明であることを、『歎異抄をひらく』では、こう詳説されています。
 蓮如上人も、親鸞聖人のことを聞かれて、
「我も知らぬことなり、何事も何事も知らぬことをも、開山(親鸞聖人)のめされ候ように御沙汰候」 (御一代記聞書)
と言われている。

 時や処でしばしば変わり、人によって評価が異なる、絶えず揺れ動く判断基準で、「自分の考えは正しい」「善悪ぐらいは心得ている」「納得できぬことは信じない」と、不可称・不可説・不可思議の弥陀の本願を計ろうことの愚かさを、親鸞聖人は、こうたしなめられる。

補処の弥勒菩薩をはじめとして、仏智の不思議を計らうべき人は候わず (末灯鈔)
あの弥勒菩薩でさえ、弥陀の本願力不思議は想像も思慮もできないのに、阿弥陀如来の仏智を計らえる人がいるはずないではないか。

「善悪の二つ、総じてもって存知せざるなり」
 聖人の告白は、不可称・不可説・不可思議の弥陀の本願を、善悪に囚われ計らう自力が浄尽した、善も欲しからず悪をも怖れぬ、大信海の表明にほかならない。
 私たちは、自分が正しいと思うことは「善」、正しくないと思えば「悪」と判断し、しかもその判断は正確だという大前提で生きています。
ですから納得できることは実行しますが、納得できないと素直に従えません。
 善悪の判断が誤りなくできるなら、そもそも教えを聞く必要はないのです。自力の強情我慢で「善悪は分かっている」「正しい判断力がある」とうぬぼれ、仏智を計らっている間は、弥陀の本願は聞けません。
「一切の自力の計らいを捨てよ」
 聖人の重大なご教示が、『歎異抄をひらく』で鮮明にされているのです。
脚注

*延塚知道……大谷大学教授
※梁上の君子 ネズミのこと
*親鸞仏教センター……真宗大谷派の学者の集まり。「浄土真宗」から「浄土」が抜けた教えになっている
*山崎龍明……元・西本願寺教学本部講師。
武蔵野大学教授
*佐藤正英……東京大学名誉教授。
       日本倫理思想史、倫理学の研究者
*石田瑞麿……元・東海大学教授。
       浄土教の研究が専門
*安良岡康作……国文学者。
        東京学芸大学名誉教授
※不可称・不可説・不可思議 言うことも、説くことも、想像もできないこと
※弥勒菩薩 仏のさとりに最も近いさとりを開いている有名な菩薩(仏のさとりに向かって修行中の人)

 

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2011/04/27

和の精神と十七条憲法|親鸞会.net

「お先にどうぞ」

「いえ、私は大丈夫です」

大地震の直後、停電した秋田市内のホテルでは、非常食用としてうどん10杯が用意されたが、約50人の宿泊客らは先を争うことなく、互いを気遣った。

待ちに待った救援物資が届き、「我先に」となりがちな時でも、整列して粛々と自分の番を待つ光景が、避難所の至るところで見られたという。

このような協調性を保とうとする姿に、海外メディアは日本人の特質を見た。

この「和」を大事にする精神は、さかのぼれば聖徳太子の十七条憲法までたどり着くといえよう。

その第一条が有名な「和するを以て貴し」の条文である。

さらに太子は第二条に、

「篤く三宝を敬え。三宝は仏・法・僧なり」

と制定し、仏教を、国を治める基本理念に据えている。

聖徳太子は、日本を統一国家とし、仏教を根づかせた最大の功労者だった。

ゆえに親鸞聖人は、「和国の教主聖徳皇(聖徳太子は日本のお釈迦さまである)」と太子に深い尊敬の念を抱いておられるのである。

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2011/04/27

どんな苦難も乗り越え、生きねばならぬのはなぜか|親鸞会.net

茨城県の早場米生産地から田植えの便りが届いた。ただし、原発事故の「風評」を心配しながらの作業という。被災地に、まだ確かな春はない。

もし親鸞聖人が彼の地を訪ねられたら、どのように法を説かれただろう。ふと、考えさせられる。

常陸国(現茨城県)にお住まいの頃。

「私もお仲間に入れてもらえんかな」

「えっ?坊さんが田植えできるんかい」――。

目を丸くする村人の前で、衣の裾をまくり泥田に入っていかれる親鸞聖人。

田園にやがて親鸞聖人の田植え歌が広がる。

「五劫思惟の苗代に

兆載永劫の、しろをして

雑行自力の草をとり

一念帰命の種おろし

念々相続の水ながし

往生の秋になりぬれば

実りを見るこそうれしけれ」

どう生きる、に精一杯の村人たちに寄り添い、生きる方角をはっきり示されている。

どんな苦難も乗り越え、生きねばならぬのはなぜかと。

青々とした早苗が風にそよぐ季節が、東北にもやってくる。

ともに〈弘誓の仏地〉に向かって、確かな歩みの春としたい。

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2011/02/14

『歎異抄をひらく』と他の『解説書』の相違点【18】《鬼気迫る対峙 聖人の慈誨》親鸞会.NET

前回の、 歎異抄をひらく』と他の『解説書』の相違点【17】《「追善供養」の迷信を破られた聖人のお言葉》親鸞会.NET

に引き続き『歎異抄をひらく』と他の『歎異抄解説書』を比較してみましょう
鬼気迫る対峙 聖人の慈誨

(原文)

おのおの十余ヶ国の境を越えて、身命を顧みずして訪ね来らしめたまう御志、ひとえに往生極楽の道を問い聞かんがためなり。(『歎異抄』第二章)

親鸞仏教センター著『現代語 歎異抄』の意訳では、

あなたがた一人一人が、はるばる長い道のりを、大切な身体と生命を危険にさらしてまで、訪ね求めてこられた志は、真実の生活が実現する道理を体得したいということにある。


高森顕徹先生著『歎異抄をひらく』の意訳では、

あなた方が十余カ国の山河を越え、はるばる関東から身命を顧みず、この親鸞を訪ねられたお気持ちは、極楽に生まれる道ただ一つ、問い糺すがためであろう。

 

●聞法に命を懸けた同行

『歎異抄』二章は、聖人を命として関東から京都まで決死の聞法に参じた同行に仰ったお言葉です。

対面されるや否や聖人は、

「ひとえに往生極楽の道を問い聞かんがためなり」

極楽に生まれる道ただ一つ、問い糺すがためであろうと直言されています。
「身命を顧みず」数十日かけた旅に、何のねぎらいも慰めもありません。
またその聞法心を、評価されてもいません。

「私たちだけが、こんなに遠くまで来たのです」と、心中ひそかにうぬぼれていた心を見透かされた関東の同行は、肝を冷やしたことでしょう。
同時に、最も尊敬する聖人の鉄槌は、誰から褒められるより、うれしかったに違いありません。

関東の同行は、この世で信頼できるのは親鸞聖人だけと思えばこそ、全てを犠牲にして聞きに行ったのです。
ところが実態は、関東で20年間、常に教え続けてくだされた聖人に、疑いの刃を向けていたのです。

「今まで、何を聞いてこられたのか、情けないことよ……」
聖人の怒りにも似た心情が、冒頭から胸を刺します。

ですが、仏法に身命を懸ける同行と聖人との、鬼気迫る対峙を解説する書は、どこにも見当たりません。
医師は病に応じて薬を与えるように、仏教は相手に応じて法を説く「対機説法(たいきせっぽう)」ですから、身命を懸け、聞きに来た同行には、それ相応の表現がなされて当然でしょう。
この関東の同朋の心情が分からねば、聖人のお言葉は到底、分かるものではありません。
●南都北嶺(なんとほくれい)への烈々たる批判(※南都・・奈良 北嶺・・比叡山)

冒頭から火花散る二章は、続くお言葉も痛烈です。

(原文)

しかるに、念仏よりほかに往生の道をも存知し、また法文等をも知りたるらんと、心にくく思し召しておわしましてはんべらば、大きなる誤りなり。
もししからば、南都北嶺にもゆゆしき学匠たち多く座せられて候なれば、かの人々にもあいたてまつりて、往生の要よくよく聞かるべきなり。

(意訳)

だがもし親鸞が、弥陀の本願念仏のほかに、往生の方法や秘密の法文などを知っていながら、隠し立てでもしているのではなかろうかとお疑いなら、とんでもない誤りである。
それほど信じられぬ親鸞なら、奈良や比叡にでも行かれるがよい。あそこには立派な学者が多くいなさるから、それらの方々にお遇いになって、浄土に生まれる肝要を、篤とお聞きなさるがよかろう。
“南都北嶺のド偉い学者に聞かれるがよい”
これほどの皮肉があるでしょうか。
南都北嶺こそが、神信心の権力者と結託して、法然上人を弾圧した親玉なのです。

その承元の法難を、『歎異抄をひらく』では、こう書かれてあります。

庶民や武士に加え、聖道諸宗(天台や真言、禅宗など)の学者や公家・貴族まで、法然上人の信奉者が急増。
急速な浄土宗の発展に恐れをなし、聖道諸宗は強い危機感を抱く。彼らを支えた公家・貴族までもが、法然支持に回るのは到底、黙視できることではなかった。やがて聖道諸宗一丸となり、前代未聞の朝廷直訴となる。
承元元年(1207)、ついに、浄土宗は解散、念仏布教は禁止、法然・親鸞両聖人以下8人が流刑。
住蓮・安楽ら4人の弟子は死刑に処せられる。
親鸞聖人も死罪だったが、元関白九条兼実らの尽力で越後(新潟県上越市)に流罪、35歳だった。法然上人は土佐(高知県)へ遠流となる。
聖道諸宗と権力者の結託で、日本仏教史上かつてない弾圧だ。
世に「承元の法難」といわれ、『歎異抄』末尾にも記されている。
天皇らの横暴に、聖人の消えざる激怒が『教行信証』に記されています。

「主上・臣下、法に背き義に違し、忿を成し、怨を結ぶ」
(天皇から家臣に至るまで、仏法を謗り正義を蹂躙し、怒りにまかせて恐るべき大罪を犯した。なんたることか)

と喝破し、南都北嶺には、

「然るに末代の道俗・近世の宗師、自性唯心に沈んで浄土の真証を貶す」
(『教行信証』)

(しかるに、一宗一派を開いた者〈伝教、弘法、道元、日蓮〉たちまでもが、「阿弥陀仏もその浄土も、われらの心のほかにはない。心のほかに弥陀や浄土を説くのは、幼稚な教え」
と見下し、真実の仏法をけなしている)

と、峻烈な批判がなされています。

「末代の道俗」とは、「今日の僧と在家」ですから、僧俗ともに一網打尽です。
華厳・天台・真言宗はいうまでもなく、法然上人を攻撃した栂尾(とがのお)の明恵(みょうえ)、笠置(かさぎ)の解脱(げだつ)をはじめ、禅宗の栄西など、当時の仏教界の指導者を総括して「真実の仏教を知らざる輩」と斬り捨てられています。

それだけではありません。

「今日の仏教は、全く廃れ切っている。寺も僧もたくさんいるが、仏教のイロハも分からぬ者ばかり。儒教をやっている者も、正道邪道のケジメさえも分かってはいない。浄土の真宗のみが盛んではないか」

と、次のように記されています。

「ひそかにおもんみれば、聖道の諸教は行証久しく廃れ、浄土の真宗は証道今盛なり。然るに諸寺の釈門、教に昏くして、真仮の門戸を知らず、洛都の儒林、行に迷うて、邪正の道路を弁うること無し」(『教行信証』)

南都北嶺を完膚なきまでに批判された聖人が、それらをここでは「ゆゆしき学匠にお会いなさるがよい」と語られています。
想像してさえ、震える光景です。
●「学問を非難された」という見当違い

ですが、外道邪教はもとより、聖道諸宗までも批判された聖人を知る人は少なく、
「南都北嶺の学者に聞け」を、学問を批判された程度にしか感じていない人ばかりのようです。

例えば、真宗大谷派のトップ小川一乘(教学研究所所長)監修、延塚知道著『親鸞の説法──「歎異抄」の世界』の解説によると、「往生極楽の道」は、頭で納得するものでなく、全身で理解するものである。知的に理解したければ南都北嶺の学者に聞けばよいが、それを批判されたのが、二章だと、次のように述べています。
親鸞は、関東から来た門弟たちに対して、「往生極楽のみち」を存知したいと言うのであれば、奈良や比叡山にいる優れた学匠たちによくよく聞きなさい、と言う。
存知とは、信知と対応する言葉で、知識的に理解するとか分別するという意味である。
それに対して信知という言葉は、身・口・意で分かることである。(中略)「往生極楽のみち」を知識的に理解するというだけでは充分ではない、
(中略)つまり、一人ひとりが本願の信心を自覚的に明らかにする道しかない

と教えられたのが二章だと主張しています。

山崎龍明著
『初めての歎異抄』も、聖人が学者を批判されたのは、「愚者」にかえることによって救われるからだと、次のように見当外れな解説をしています。

親鸞聖人が「学生」という語を用いるときは、だいたい批判的に用いていることが知られます。なぜなら、聖人は「愚」にかえることによって人が人となり、救いにあうことだと確認していたからです。(中略)
親鸞聖人はこの「愚者になりて往生す」という法然聖人の言葉に深い感銘をうけ、そこを自己のよって立つ根拠としました。
法然上人も親鸞聖人も、傑出した大学者であり、歴代の善知識方は誰一人、教学を排斥された方はありません。
ですが『歎異抄』二章を、学問を批判されたと誤解する人が多くあります。

安良岡康作著
『歎異抄 全講読』は、

この章の全体が(中略)学問や学者に頼ろうとする異義に対する批判になっていると言い、遠来の人々のいわゆるお門違い・見当違いを皮肉ったのでなくして、自己の信心が、知識や学問とは全く異なる立場において形成されたものであることを聞き手に訴えて、理解を求めようとする意志の発露と考えるべきであろう。

と他人事のように述べています。
南都北嶺に対する聖人の憤激が全く伝わってこない、乾燥した解説は、

佐藤正英著
『歎異抄論註』も同じです。

わたしはあなたがたの考えておられるような、なにか特別すぐれた能力を持った存在ではない。学識豊かな学僧でもない。一介の隠遁者でしかないと親鸞はいう。(中略)第二条を通読したときに見えてくるのは、叱責でも冷やりとした感じでもまして皮肉や揶揄ではない。(中略)少しも気張ることなく、淡々とした息遣いで語る親鸞がいる。稀れにみる率直さである。
親鸞聖人のご著書は多くありますが、二章ほど恐ろしい、殺気さえ覚えるお言葉はありません。
そんな「稀れにみる」鋭い信心の露出を、淡々と解説する書しかないのが現状です。
根本は「命懸けても聞かねばならぬ真の仏法」を知らないからにほかならない。

★こうなった
体験談の
ほかはなし

★口開けば
自慢ばなしに
花が咲く

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2011/01/27

バリ島で聴聞 世界の親鸞会

《世界の親鸞会
バリ島はインドネシア・ジャワ島の東隣にある、世界的に有名なリゾート地です。

4年前から仕事でここに住んでいる松下さんは、日本へは年に1度しか帰れず、仏法を聞きたくてもご縁がなかなか持てずにおりました。

しかし今は、インターネットを通してのテレビ座談会があります。
日本ほどインターネットの事情がよくないインドネシアですが、さっそく環境を整え、ご縁を持つことが出来ました。

始まる前には、これまでの内容を復習し、聴聞のあとには、
「遠く離れたバリ島でも、リアルタイムで親鸞聖人の教えを高森先生から聞かせていただけるなんてすごいですね」と久しぶりの聞法を喜んでいました。
 東南アジアにまた一つ、無上仏のお力で法輪が転じられました。

※名前はプライバシーの関係で配慮しております。

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2011/01/01

第二の人生大変わりブラジルの親鸞会会員Aさん

 親鸞会・報恩講のあと、しばらく親鸞会・法輪閣に滞在し、仏法最優先の日々を送っている。
 昨年2月から、ブラジルでテレビ座談会の責任者を務めることになった。「それまでは準備された親鸞会・サンパウロ会館へ足を運ぶだけでしたが、毎回自ら主催するようになり、真剣に聞かずにおれなくなりました」
 仏縁を結んだのは5年前、30年の教員生活を終え、悠々自適に海外を飛び回って旅行しようとしていた時、ふと人生に疑問を抱くようになる。「本当に自分の生き方はこれでいいのか?このまま終わって悔いないか?」
 そんな時、知人から誘われて聞法を始めた。「複雑な家庭環境で、長い間、恨んできました。三世因果の道理を聞いて、最初は『まさか!』と思いましたが、続けて真実の自己の姿を詳しく聞くうちに、納得せざるをえなくなったんです」
 世界中を旅する〝第二の人生 〟は〝聞法一筋の人生〟に大変わり。「親にも感謝できるようになり、今がいちばん幸せです」

親鸞会顕正新聞23年1月1日号より

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