2009/10/07
『目的』が抜けた、社会の変遷
9月親鸞会館で『正信偈』の一節『獲信見敬大慶喜』の講演を聞かれた方の感想です。
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かつて、“経済成長”という、生きる『手段』を『目的』に置き換え、
多くの人が走っていました。
成長の実感が得られなくなると、今度は画一的でない個人の生き方が
求められるようになりました。
そして現代は、“成熟社会”と言われています。
価値観が多様化し、生き方の自由度は格段に高まりましたが、
『得た自由で何をすべきなのか』が明確でない“不安”は
一層強まっているように思います。
社会は、様々な変遷を経ていますが、一番大事な「人生の目的」が
わからないため、結局、迷走を続けているのだと感じます。
親鸞聖人は、この全ての人が求めてやまない『人生の目的』を
『信心獲得(獲信)すること』と教えられ、
獲信する前はどうなのか、獲信した後はどうなるのか、を
『教行信証』に書き残してくださいました。
その教えを蓮如上人は正確に平仮名まじりの平易な言葉で
記されました。
この両聖人が『人生の目的』として明示された『信心獲得』とは
どういうことか、今、どこに行っても聞けないのは、非常に残念です。
そんな中、『信心獲得』について二千畳で詳しく聞かせていただける
ことを喜ばずにおれません。
この感激を聞法ドメイン・完成が待たれるF館で語り合い、喜びを
みなさんと共有していきたいと思います。
◆参考◆
信心決定(獲信)したとはどんなことをいうのか|浄土真宗 親鸞会公式サイト
http://www.shinrankai.or.jp/b/shinsyu/infoshinsyu/qa0407.htm
信心決定するとどのように心がハッキリするのか|浄土真宗 親鸞会公式サイト
http://www.shinrankai.or.jp/b/shinsyu/infoshinsyu/qa0402.htm
信心獲得の章|浄土真宗 親鸞会 公式ホームページ
http://www.shinrankai.or.jp/b/123/090906shinjingyakutoku.htm