社会の第一線に立つ法友たちは、光に向かう親鸞学徒にふさわしく、それぞれの職場で輝きを放っている。
さわやか笑顔の銀行マン 「自利利他の精神で」
「日ごろから和顔愛語(和やかな笑顔と優しい言葉で語りかけること)での実践を心掛けています。職場でも、そのまま生かせますね」
大手信託銀行に勤める岡田有司さん(33:仮名)はさわやかに語る。東京、富山と移り、現在は広島支店の営業マンだ。
アパートローン部門で3期連続、部門表彰を受けたほどやり手だが、「社会人なりたてのころは、お客さんが気分を害されることもしばしばでした」と振り返る。
「そんな時は決まって、会社の利益優先で考えているんです。反省して、相手の立場で話をすると喜ばれる。利他の心が大切と知らされます」
入社して9年、中堅的な立場になった。後輩の言葉遣いや礼儀など、気づいた時は声をかけるようにしている。
「自分の言動を振り返りつつ、これも自利利他(自分も相手も、ともに幸せになる)の精神です」
◆
親鸞聖人の教えに出遇ったのは、大学生最後の夏。卒業旅行の資金を作るため、アルバイトに励んでいた時、知り合った女性から、「なぜ生きるか、考えたことありますか」と言われたのがきっかけだった。
「生きることそのものが目的で、死ぬのが嫌だから生きている、と思っていましたが、『人生には目的がある』と自信いっぱい断言するので、続けて聞かずにおれませんでした」
内向的な性格に悩み、強い人間になりたくて、大学では少林寺拳法に打ち込んでいたが、「本当に生まれ変われたのは、生きる目的を知ってから。どんな人とも明るく、自信を持って話せるようになりました」
その笑顔に触れ、職場で話しかけてくる人も多い。
ある40代の女性パート社員は、「自分も浄土真宗だけど、親鸞聖人の教えってどんなの?」と尋ねてきた。
メールで質問に答えるうち、ご縁を深めたその女性は、今では『教学聖典』で聖人の教えを学び、「正本堂の落慶法要に参詣したい」と話しているという。
「世間中、どこへ向かって頑張れば幸せになれるのか、知らない人ばかり。本当の人生の目的を知らされた私から伝えてゆこうと思います」
笑顔一番“セールスレディ” 「目的知って仕事も喜び」
「配達を担当しているお客さんと親しくなって、ともに講演会に参詣するのが夢です」
昨年6月から、生活協同組合に勤める江田和美さん(24:仮名)は、毎日トラックを運転し、商品の配達と営業をしている。
「自分の態度がそのまま、会社のイメージになる。常に、明るい笑顔で、元気に挨拶したいですね」
「愛嬌たっぷり 会釈を惜しまぬようにしよう」がモットー。顧客から無理な要望を言われた時も、すぐに否定せず、受け止めるよう努めている。入社、半年後の個人面談では、「期待以上の仕事をしてもらっている。いつも笑顔でいいね」と、上司から評価された。
◆
社会に出て知らされるのは、自分が何のために生きているのか分からず、あきらめている人ばかりということだ。
「生きる意味を知って働けるのは最高に幸せです。心に光があるから、どんな仕事も頑張れるし、つらくても乗り越えられる。仕事すればするほど、人生の目的を知らされている喜びを感じます」
石川県の私立大学に進んだ平成11年の春、仏法と出遇う。それまでは、「その時その時が楽しければいい」という人生観だった。
「自分は100歳まで生きると、根拠もなく信じていました。今思うと、何て愚かなのでしょう。そんな私が聞法を重ね、親鸞学徒とならせていただけた。今度は私が伝える番です」
昨年の報恩講で、配達先のお客さんと、大講堂でバッタリ出会った。「会員さんの親戚で、誘われて参詣したそうです。こんなこともあるんですね。私も、仕事で知り合う人に早く伝えねば、と勇気がわいてきました」
商品の配送で、毎月1,000キロを走破する。運転中は1人だが、「一人居て喜ばは二人と思うべし、二人居て喜ばは三人と思うべし、その一人は親鸞なり」の聖人のお言葉を思い、念じながらハンドルを握っている。
自殺なぜいけない? 聖人のお言葉をネットで
都内の建設コンサルタント技師として活躍する今仲宏邦さん(30:仮名)は、親鸞聖人の教えを学んだ大学時代が自分の原点、と語る。
大学に入学して間もないころ、先輩に聞かれた。
「友人が、『自殺する』と言ってきたら今仲君、どう言う?」
「どうしてだ?と聞きます」
「そう、みんな自殺の理由を聞き、止めようとする。でもなぜ、自殺してはいけないのか、ハッキリ言える人がいない。君は言えるか?」
その言葉に虚を突かれた。
「死ぬな」は「生きよ」と同義である。生きねばならぬ明確な理由を言えない自分に気づき愕然とする。
高校はキリスト教の学校で、校訓は「人のための人であれ」。社会への貢献を、それまで生きる課題と言い聞かせてきたが、自殺を思いとどまらせる何の根拠にもならなかった。
生きる目的は何か? その疑問から聞法が始まった。
「無明の闇について聞いたことが忘れられません。何をしても不安で、明かりを求めずにいられないのも無明のため。この心一つ解決すれば底無しの幸福になれると聞き、それまでの疑問が氷解していくのが分かりました」
残業が連日深夜に及ぶ現在の職場で、悩みのタネは、仏法にあえた喜びをなかなか伝えられないこと。最近は、短い休憩や深夜の待機時間に、インターネットを利用して生きる意味について話を試みている。
2年前、ネットの掲示板に、「友人の自殺願望を何とかしたい」と書いていた投稿者に返事を送り、親鸞聖人のお言葉を届けた。それがきっかけで直接会うようになり、昨年の報恩講にはともに参詣した。
お聖教の一文を打つだけでも、読む相手には、後生の明暗を分ける千載一遇のご縁となる。
「どんなに忙しい職場でも、仏法をお伝えできる機会は思わぬところにあるものです。仏縁深い人に出会えた時、最高の幸せを感じます」





