私が世界を旅した理由|親鸞会

憧憬と現実


スペインのあとに訪れたフランスの街並みは、とりわけ華やかだった。凱旋門やべルサイユ宮殿、フォンテヌブロー城、ギュスターブ・モロー美術館、オルセー美術館などむさぼるように回った。

凱旋門(フランス) エッフェル塔(フランス)
左:凱旋門 右:エッフェル塔(フランス)

ルーブル美術館には、有名な彫刻『サモトラケのニケ』がある。中学校の歴史の教科書で見た時、首のない像に想像力をかきたてられ、その躍動感に震えた。いつか絶対に見にいくぞと決めていた。写真で見てさえ今にも飛び出しそうな勢いを感じたから、実際に見たらきっとすごいだろう。

館内の階段を上っていくと目の前に、その像が現れた。
「え?……これがあの、『サモトラケのニケ』?」

あまりにも、無造作な対面だった。それは確かに、写真で見たのと同じ像であった。
だが、実物を前にして、何の感動もない冷めた心に戸惑った。こんなはずはない。何とか奮い立たせようと、像の周りを幾度も回ってよくよく眺めたが、どうにもならない。すっかり拍子抜けしてしまった。

パリを流れるセーヌ川には、あふれんばかりの観光客を乗せた船が行き来しているのが見える。皆、楽しそうだ。自分も一応、観光客なのだが、ギャップを感じた。楽しめるのはうらやましくもあったが、何が楽しいのかな、という思いもあった。
あこがれの国や美術品の数々を見て回ってきたけれど、それらは何も答えてくれなかった。画家ならば、キャンバスと向き合い、絵という手段で、私と同じように何かを模索し続けていたのかもしれない。その途上の作品なのかもしれない。いや、それともこれが美の完成なのか。究極の価値というものなのか。
分からない。
期待しすぎた私が変なのか。そもそも芸術に人生の普遍的な価値を求めること自体が間違ってたのか。私がそれらを何時間と眺めたところで、答えが出るはずもなかった。


シャンゼリゼ通り(フランス)
シャンゼリゼ通り(フランス)


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