光に向かう青年達2|親鸞会

因果を信じ、職場でも光のタネを


ある金融機関で、平成18年3月まで、融資の営業・審査の仕事をしていました。
私の担当する地域は、前年度は融資件数が少なかったため、翌年当初も「今年も融資件数は多くないだろう」と思われていました。

そこで、営業先リスト・営業用パンフレットを作成して、顧客を回りました。100件回ったところ、月に1、2回は顧客から直接相談の電話がかかってくるようになりました。

また、相手方と腹を割って話すように努めたことで、信用も得られたようで、同じ人から続けて融資の相談があったりしました。そういうことが重なって、その年は、その地域が支店の中で一番多く案件がでたという結果になりました。

そして今年の4月からは、営業・審査より難しい「長期延滞先の整理回収」を任されるようになりました。整理回収では、担保の競売を裁判所に申し立てたり、法的措置をとることが多くあります。
裁判所の人間というと、とかく冷たいイメージがありますが、誠意を持って案件を持ち込めば、親切に対応してくれることがあります。また、保証人になっている人と面談して回収を図ることもあります。

最初は「そんな話は知らない」とか「保証人になったつもりはない」とむずかる方が多いですが、筋を通して話をすると、そういう人も納得してお金を用意されることがあります。

親鸞会で仏法を聞き、厳粛な因果律が仏教の根幹であると知りました。
その因果の道理を信じて種をまけば、必ず結果が出てくるのだと知らされた一例です。

発覚しなければ、悪事を働いてもかまわない、という風潮の中、因果の道理を浸透させ、明るい社会を築きたいと思います。

親鸞会.net


一つ一つの仕事を確実に

私は自動車部品会社で働いています。
日本の自動車がどんどん世界へ進出しているかたわら、毎日毎日、締め切りに追われて仕事をしています。

そんな日々の生活の中で、知らされることは、まいた種は必ず生える、因果の道理です。締め切りが近いとつい、これくらい大丈夫だろうと確認を怠れば、納品した後に不具合が発覚し、信頼を失います。

さらにその失敗を隠せば、時間がたって必ずごまかしのきかない状況に追い込まれ、余計に苦しい目に遭わねばなりません。私は、親鸞会で仏法を聞くまでは、そんなことは考えていませんでした。
リコール隠し、耐震偽装も、我が身の仕事ぶりにひき当てるととても他人事には思えません。

どんなに忙しくても、一つ一つの仕事を確実にこなす。ミスを見つけたときに正直に報告し、早急な対処をする。まさに因果の理法の実践にほかなりません。

初めの3年間は地道な仕事でしたが、グループの責任者を任せられるようになりました。
仕事と仏法、どちらも大切に進んでいきます。


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