私が世界を旅した理由|親鸞会

旅立ちの発端

人はなぜ生きるのか。
そんな大それた問題を、幼いころから粛々と考えていたのではないけれど、私はいつも孤独だった。自分のすべてを理解して受け入れてくれる人がいたら、どんなに幸せだろうと思っていたが、どうせかなわぬ夢にすぎない。

だから、別の形で自分を満足させるものが必要だった。お金には魅力を感じなかった。それよりも、だれにもできない偉業を果たして称賛されることを夢みた。

オランダの首都アムステルダム
アムステルダム(オランダ)

中学生のころは、「私が世界征服をすれば、国家間の争いはなくなる」と、かなり真面目に考えたりもしたが、高校生になると、学者になって世界に貢献する研究をしようと、現実的に考え始めた。

環境問題に取り組む先生と知り合ったのは、立命館大学に進んでからのこと。未来の地球のための研究こそ人の役に立つ意味のある学問だと思い、自分の進路をここに定めた。
でもいざ始めると、ある疑問が少しずつ膨らんでいった。

例えば、新潟県に生息するトキ。「何とか死なせないように」と大問題になっていたが、どうもふに落ちない。トキが絶滅するような環境になったのはなぜか、そこを見つめないと、結局また別の種が絶滅してしまう。そもそも、絶滅を恐れるのは、それによって生態系のバランスが崩れ、人間が住めなくなるのが怖いからではないのか?

では、そうまでして、人が生きるのは何のためだろう。

なぜ生きる----。これこそ、環境問題の根底にある大事ではないか。もし生きる目的がないのなら、生活のすべて、つまり食べることも寝ることも、呼吸することですら意味がなくなってしまうのだから。

宗教も考えた。でもそれは一つの思い込みで、1人1人が自己満足しているだけだから、そこに普遍性はなさそう。私は、もっと確かで手ごたえのあるものが欲しかった。

そうなると哲学か……。偏見や先入観を抜きに、徹底的に「人はなぜ存在するか」と向き合う。答えを知りたければ哲学をやるしかない。

平成12年の春、大学卒業後に実家へ戻り、最寄りの筑波大学の聴講生として哲学を専攻した。
哲学への期待はしかし、次第に不安へと変わっていった。

哲学をやって本当に答えが出るのか。私が考えて答えが出るものなら、哲学はとっくに終わっているはずではないか。だとすれば、これからの勉強はひたすら答えの出ないことを自分で証明するためのものとなる。そんなのは嫌だ。真正面から哲学をやることから逃げ出したくなった。できることなら先送りにしたい。

いっそのこと、しばらく日本を離れて、日常から非日常に移り異文化に触れたら、何か見つかるかもしれない。そんな期待が、私を旅へと駆り立てた。

ドイツの町並み
ドイツの町並み

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