平成17年5月、正本堂落慶法要が親鸞会館にて勤修されました。大講堂にはせ参じた世界の法友の喜びの声を紹介します。
大恩ある母と落慶へ
ブラジル 男性
29年前、ブラジルのサンパウロ州に生を受けた私は、成長するにつれて言いようのない寂しさを感じるようになりました。友達も少なくなり、家族の中でも独りぼっちでした。
大学4年生の時、大切な女性と出会いました。彼女と一緒の時がいちばん幸せでしたが、憶病な私は彼女をリードすることができず、別れてしまったのです。地球が破壊されたようなショックを受け、1人の時も、だれかと一緒の時も涙があふれました。
家でも心がいやされることはありませんでした。父が肺ガンにかかり、常に機嫌が悪く、酒を飲んでは母と兄たちに当たるからです。
私と激しいけんかをした時、父はどなりました。「おまえは、いちばん好きな息子だった。今は、いちばん嫌いな息子だ」。皮肉に満ちた言い方に、私の心は怒りでいっぱいになりました。後から思えばそれは、やがて襲い来る死の影に苦しんでいた、いらだちからであったのでしょう。私は父の苦しみと痛みの理由を知ろうともしなかったのです。
父が亡くなった時、私の心は重い荷物を下ろしたように安心していました。恥ずかしく恐ろしい心です。ますます人生に悩むようになった私は、哲学の本を何冊も読みましたが、本当の人生の目的を教えているものはありません。
しばらくして、町へ戻ると、そこで友人から親鸞聖人のみ教えを知らされたのです。昨年3月のことでした。
ブラジル サンパウロ市 |
最初は、あまり真剣ではありませんでしたが、「因果の道理」と「平生業成」の話を聞くうちに、これが本当に求める道だと知らされました。
そして仏法を聞いて、父に対して、どれだけ恐ろしいことを思っていたか、初めて自分の悲しい姿を知らされ、その驚きとショックは忘れることはできません。
私の心は落慶法要参詣に固まりました。親の大恩に報いるため母にも仏法を伝え、ともにこうして参詣することができたのです。
夢は仏法翻訳へ
ブラジル 女性
仏教を翻訳し、生きる意味を知らされたこの喜びを、ブラジルの人に伝えたいと思っています。自分も仏法を日本語で聞けない悩みを持っていたので、他の人が言葉の壁を乗り越えるお手伝いをしたいのです。
とはいえ、私もまだ十分、日本語を理解していない。とても不可能な夢と、落ち込んだ日も何度もありました。
しかし、浄土真宗の布教使を目指す主人に励まされ、翻訳に懸けようと決心したのです。
まず主人とともに仏典や親鸞聖人の言葉を覚えることからはじめました。一言一句、字や言葉の意味から覚えねばならず大変でした。翻訳の力をつけ、ブラジルの皆さんに誤りなく伝えられるよう頑張ります。
法の華を能登に
日本(石川県) 男性
能登は、寺で法話がある時、田畑仕事で参詣しなかったら、村八分になってしまうほど熱心な所だったといわれます。
私が子供のころ、どの集落でも、自分の家の法座を月に2回決め、仏法中心に過ごしました。
同行を呼んで話を聞き、その後ご示談をして、分からなかったところや、「大事なところはここだ」と、皆で夜遅くまで話をしたものです。
ところが今は、仏法の集まりどころか、家の宗旨さえ知らない人が多い状態です。仏法大事の気持ちもどこへやら。能登といっても、今は他と変わりません。
満てらん火をも過ぎゆきて、み法の花咲く能登の地になるよう、親鸞聖人の教えをお伝えしたいと思います。
ピラミッドの国から「親鸞聖人 大好き!」
「畳を見たのは初めてです。?2000畳?は、世界でここだけなんですね」
エジプトから参詣したカサバさんとエルガメルさん、ハッサンさん(全て仮名)は目を丸くしてうなずき合った。
カイロに留学していた小越亜矢子さん(仮名)と昨年夏に知り合い、親鸞聖人の教えを聞いて感銘を受け、来日を決めたという。
正本堂で、平生業成のみ教えを聴聞したエルガメルさんは、「人生の目的は、仕事でもなければ、お金でもない。この世から、永遠の幸せになることなのですね」と、青い瞳を輝かせた。
ハッサンさんも、「自分は、あと50年も60年も生きられると思っていたけれど、『平生』とは、今のことで、今晩死ねば、今宵から後生だと聞き、ハッとしました」。
「正本堂は美しくて素晴らしい。眺めもきれいだわ。それに、日本人はとても親切ね」とカサバさん。
母国を出たのは3人とも初めて。パスポートやビザの取得も一苦労だったが、法城に入り、仏法に触れるや、次第に喜びが込み上げた。フィナーレでは壇上に上がり、各国の親鸞学徒と心をひとつにし、満堂の聴衆に手を振っていた。
そんな姿に小越さんは、「半年前まで仏教とヒンドゥー教を混同していた、イスラム圏の人が、『親鸞聖人が大好き。とても尊敬しているわ』と言うのです。無上仏のご念力と思わずにおれません」と語っている。
エジプト カイロの街並み
人生観変わった
昨年9月に妻を亡くした韓国の李さん(仮名)は、悲しみのあまり食事もまともに取らず、家に閉じこもっていた。「このままでは死んでしまう」と心配した友人の呉さん(仮名)に誘われ、今年2月、本会の講演会に初めて参詣した。
それまで李さんは宗教に関心がなく、死後について考えたこともなかった。しかし、100パーセント確実な未来である後生に、一大事があると説く仏法を聞き、考えを正されたという。
「死を考えない人生観ではいけない。生命がいかに尊厳かを知らされ、目が開かれた思いです」
法友に誘われ落慶に参詣し、「すっかり元気になりました」と喜ぶ。堪能な日本語は従兄弟の本で覚えた。吉川英治などの小説を愛読し、日本に関心を寄せる。