声に出して読めば、気持ちは一つに
8月 25th, 2008
「親鸞学徒追悼法要で、亡くなった方を縁に、自分が仏法を聞かせていただかんとね」
富山県内の藤井さん宅を訪ね、『顕正新聞』にあった追悼法要の意義について声に出して読みました。
すると、いつもは体の都合でご縁のない藤井さんが「そやそや」とうなずき、奥さんの追悼を申し出られ、笑顔で参詣されました。
一緒に『顕正新聞』を拝読すると、気持ちが一つになるようで本当にいいことだと喜んでいます。

「親鸞学徒追悼法要で、亡くなった方を縁に、自分が仏法を聞かせていただかんとね」
富山県内の藤井さん宅を訪ね、『顕正新聞』にあった追悼法要の意義について声に出して読みました。
すると、いつもは体の都合でご縁のない藤井さんが「そやそや」とうなずき、奥さんの追悼を申し出られ、笑顔で参詣されました。
一緒に『顕正新聞』を拝読すると、気持ちが一つになるようで本当にいいことだと喜んでいます。

親鸞学徒追悼法要(8月3日)には、故人を縁に、家族や親戚と参詣した人が多く見られました。
廊下には、追悼された方々のご芳名一覧が張り出され、集まった法友は、故人の名前を目で追いながら、在りし日の法悦を思い、生きている今、果たすことのできる人生の大事業に、一層の聞法精進を誓いました。

昨年、小学校の教員を退職されたKさんは、「仏法のためにもっと頑張りたい」と、最近、再就職し、タクシーの運転手になられました。
お客さんを乗せて走る時、自然と仏法の話になるそうです。
仏教に関心のある人、親鸞聖人のお名前を出すと喜ばれる方が多く、「毎日の出会いが楽しみ」と言われます。
縁のある人には仏教の小冊子を渡し、「仏法の橋渡しに」と念じられます。
先日は、「親鸞聖人の教えを聞きたい。ぜひ、家に来て話してください」と住所と連絡先を教えてもらったとのこと。
定年後、ますます元気に光に向かっています。

生まれ難い人間に生を受けた目的、「人間に生まれてきてよかった!」という生命の歓喜を得ることを教えていただきました。
法話から帰宅後、その内容を振り返り、母方の祖父母が頭に浮かびました。
二人とも私の生まれる前に亡くなったため遺影しか知らず、今まであまり感謝の気持ちを持っていませんでした。
しかし、今の自分があるのは、両親とその両親を生み育ててくれた祖父母あればこそです。
そう思うと、何だか無性に感謝の念がわいてきました。
かなわぬことですが、「母を生んでくれてありがとう」と、亡き祖父母にお礼を言いたくなりました。
せめてと思い、母にそのことを伝えると、「あなたが幸せだから、そういう気持ちが起きたのでしょうね」とうれしそうでした。
仏法に遇ったら、人間に生まれたことを喜ばずにおれなくなります。
自殺を考えている人全員に伝えたいと、心底思いました。

玄関には石灯籠と手水鉢、30畳の和室が参詣者を温かく迎える。
親鸞聖人降誕会の翌日、富山県内の和田さん宅で、海外親鸞会会員に恒例の高森光晴布教局長・勉強会が開催された。
師・法然上人との邂逅に合掌なされる親鸞聖人の真情を、布教局長は『なぜ生きる』を通して解説。
曠劫多生のあいだにも
出離の強縁知らざりき
本師源空いまさずは
このたび空しく過ぎなまし 『高僧和讃』
「苦しみの根元も、それを破る弥陀の誓願のあることも、果てしない遠い過去から知らなんだ。
もし真の仏教の師に会えなかったら、人生の目的も、果たす道も知らぬまま、二度とないチャンスを失い、永遠に苦しんでいたにちがいない。
親鸞、危ないところを法然(源空)上人に救われた」
英語や中国語の同時通訳で聞く法友も、来日して真の知識に出会えた喜びをかみしめた。

アメリカから参詣した人の手紙を紹介します。
「日本文化を学ぶため、昨年より京都に来ています。
今年から仏教を聞き始め、親鸞会館への参詣は、降誕会で7回目です。
人間の実相を明らかにする仏説に驚きました。
世界には様々な文化があり、その違いを知ることこそ大事と思ってアメリカの大学で勉強しましたが、親鸞聖人の教えを聞くほど、人生の本質は古今東西変わらないと知らされ、続けて聞かずにおれません。
こんなに分かりやすく仏法を説かれる場所が、ほかにどこにあるでしょう。
高森顕徹先生のご説法に、大自信を感じます。」

4月に仏縁を結んだHさん(76)は、腰痛の持病で、杖を頼りに歩くのがやっとでした。
ところが親鸞会館で、弥陀の救いは一念、と聞き大感激。
ご講演後、大またで歩きだすではありませんか。
「おや?歩ける、歩ける!」と本人もビックリ仰天の降誕会でした。

5月に福井県内の講演会に来られたばかりのNさんは、降誕会で初めて富山県射水市の親鸞会館へ。
「こんなお話なら泊まりがけで聞きたい」と喜ばれました。
仏法讃嘆で、同朋の里の映像を見た時は、「私もあそこへ行って皆さんと一緒に仏法を語り合いたい」と言われます。
早速、今度、ご法話のあと一緒に信心の沙汰をすることになりました。

京都大学の後輩・Iさんが、20年ぶりに親鸞会館へ参詣しました。
出版社の激務でしばらく聞法ができず、会社設立、義母の介護と、瞬く間に時が過ぎたと言います。
今年4月、学生時代の法友とばったり出会い、親鸞聖人降誕会へ参詣。多くの先輩・同期生との再会を喜びました。